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-生活と文化をメモる こころのブログ-
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2015.08.10 Mon
サンパウロに住んでいた6、7年前、毎日のように出歩いていた辺り。

これがパウリスタ大通りを堂々突き抜ける、噂の自転車通り。
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ニュースで見たり、サンパウロの友人に聞いていたりしていたけれど、想像以上の存在感。
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バスもメトロも通っているこの大通りに自転車通りは必要なくて、むしろパウリスタまで辿りつくまでが最優先、という意見もきくけれど、実際はどうなのかな。車道の渋滞緩和に役だっているのかな。
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懐かしのパウリスタ・ランチといえば、断然、パルメジャーナとストロガノフ!
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この高層ビル街に住んでいたんだな、、と。だんだん思い出になっていく。
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2015.08.09 Sun
週末に、2年半ぶりのサンパウロ。

まずは、買い出しかねてリベルダージへ。
駅前広場の懐かしの週末フェイラ。
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「今川焼」の屋台。
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熱帯フルーツジュース。どの屋台も変わってなくて嬉しい。
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リベルダージのBanca(キオスク)は、邦字新聞やブラジルの日本文化専門の雑誌など、他と違う品揃えが面白い。
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リベルダージの多くの日系商店で起きているように、一時は中国系に売り渡されそうになった、老舗日系ホテル「Nikkey Palace Hotel」。地元有力者である池崎ファミリーによって買収され、今でも「日系」を守っている。朝食は日本食もある。それでこそ!
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2015.05.24 Sun
ピレノポリス2日目。
年に1度のピレノポリスの行事、Cavalhadasのショウは13時開演、ということで、午前中は近郊のファゼンダへ。ピレノポリスから約25km。
前にブラジル料理のシェフAna Luiza Trajanoに取材したとき、ピレノポリスへ行くなら絶対おすすめと一押しされたファゼンダ。→取材記事はこちらから

このファゼンダ、18世紀末にサトウキビの製糖工場として創設されたそう。当時の名前はEngenho São Joaquimで、ブラジル国内でも最大級のサトウキビ工場だった。
そして、今は、観光客を受け入れている現存するファゼンダとしてはゴイアス州で最も古いらしい。
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人がそこそこ集まると、ガイドがファゼンダ内を案内してくれる。古い道具から当時のファゼンダ内の暮らしまで詳しい。
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ファゼンダ内にある小さな礼拝堂。壁面には、アフリカ系奴隷の職人が描いたものとされる模様があったり。
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このファゼンダのもう一つのウリが、“Café Sertanejo”-田舎風カフェ(軽食)。
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ファゼンダ当時の食事を再現したもので、豚ひき肉やトウモロコシの粉、黒砂糖などを使った変わった料理がある。食事代は見学料を上回る金額だけど、40種以上の料理のほとんどはここでしか食べられない。一つ一つのメニューの説明はこちらから
郷土料理研究家でもあるAnaシェフが勧めるだけある内容。
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■ Fazenda Babilônia
住所: GO 431 - Km 3 - Pirenópolis - Goiás - Brasil
TEL: (62)-9294-1805 | 9291-1511
※観光客受け入れは、基本的に土・日・祝日のみ。事前に要確認。


2015.05.23 Sat
ブラジリア近郊では貴重な、古い町並みや伝統行事が残る観光地・ピレノポリスへー。

ブラジリアから150㎞、道を間違わなければ、車で2時間半の距離。
到着の約30分前、こんな立派な滝が左手に見える。感動!
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ゴイアス州・ピレノポリスに到着。
1727年設立というから、今から約290年前からあるのかーと、ブラジリア住民は感心しちゃう。
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早速、旧市街地区には、馬に乗った仮装集団があちこち徘徊している。
今月1日から26日までは、年に一回開かれる地元のお祭り"Festa do Divino Espírito Santo"の最中で、明日から最終日までの3日間は、Cavalhadas カバリャーダスという歴史ある行事が開かれる。今年はなんと197回目という(Cavalhadasは189回目)。
町中が俄かにお祭りモード。
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石畳のこじんまりとした町は、想像以上にきれいに観光地化されている。
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リゾート地らしく、インド綿の洋服のお店が多い。
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ちょっと中心を離れると、かわいい住宅地が続く。こんな町に生まれたときから住んでる、ってどういう感じかな。
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Rosário通りは、地元料理の店やバールが並ぶ。日が暮れると急に涼しくなって、なんて気持ちのいい宵。
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夜に遭遇するとさすがに不気味。
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旧市街の中心にあるNossa Senhora do Rosário教会では、明日に向けて、大きなミサが執り行われている。明日が楽しみ。
ちなみに、この教会、1728年に建てられ、何度か改修されながらも、割と最近の2002年に壁を残してほぼ全焼したという悲しい歴史もあり、今に至る。
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夜の町並みがロマンチック。
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2015.04.25 Sat
ブラジリアに暮らして9か月。
5年ほど前に旅行で訪れたきりの久々のドン・ボスコ教会。いつでも行けると思うと、あっという間に時が過ぎるのはなぜ。

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ブラジリアの旅行者に印象深かった観光スポットを尋ねると、オスカーニーマイヤー設計でないこの教会が堂々一番人気だったりする。これだけニーマイヤー建築に溢れるブラジリアで、さぞかしニーマイヤー氏もガッカリだろう。

薄暗い建物内は、一面、青の世界が広がる。無数の小さなステンドグラスを組み合わせて作られた壁面。近づくとピンクや紫色のステンドグラスも多い。ところどころひびが入っていたり抜け落ちていていたりするけれど、その数は少ない。中央のシャンデリアもすごい。7400個のヴェネツィアン・グラスからなり、重量は3,000キロ、高さ3.5m、直径5mという。壁面のデザインはCláudio Naves、シャンデリアはAlvimar Moreira作。1963年完成。

この幻想的な空間に15分でも座っていると、外の世界に戻りたくないような不思議な感覚に陥る。夕方の日暮れ時がさらに神秘的。

というのも、この教会、もともとイタリアのドン・ボスコ神父の予言を称えてつくられたというちょっと七不思議的な経緯がある。その予言とは、1883年に彼がみた南米旅行の夢で、南緯15度~20度の間に、湖が近くにある新しい世界がみえる、というもの。すでにブラジリア建設の予言をしていた!

■ Santuário Dom Bosco ←ミサの時間はこちらから
住所: Av W3 Sul, SEPS 702
時間:月曜~土曜 7h~19h、 日曜 7h~20h


2015.04.21 Tue
SQS307とSQS308の間にある小さな小さな教会。Nossa Senhora de Fátima教会。
こちらもブラジリア建設当初の最初の教会で、オスカー・ニーマイヤー作。
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壁面は、モダンタイルデザイナーのアットス・ブウカォン(Athos Bulcão)作のタイル。
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ブラジリアの都市計画案の一つSuperquadraは、当初は、人々が歩いていける生活空間に、こうした教会のほか、商店、幼稚園、学校、図書館などが配置されていて、そこに暮らす人々は、普段は車を利用しないことが想定されていたという。

ところが、55年たってみると、会社員の通勤のみならず、主婦の買い物にしても、子供の学校への送り迎えにしても車を使うようになった。一家に2台は一般的となり、さらに人口は増えたために、車の渋滞がひどくなっているという。

また、25年くらい前までは、どの区画内にもある広場や公園では、その区画に暮らす子供たちが元気よく遊んでいたというが、最近はすっかりそういう姿が少なくなった。家から程近いといっても、親が治安を気にするようになったり、家でゲームをして遊ぶ子供が増えたからという。

55年前、画期的な構想を基につくられたこの人工都市が、これからどう時代の変化に適応して生まれ変わっていくのかな?・・・と、強い日差しの下、テクテクと歩きながらふと思ったりした。
2015.04.21 Tue
ブラジリア遷都55年のこの日にこの街に暮らしているというのも、考えてみれば記念すべきことかもしれない。

というわけで、前から気になっていたSuperquadraを巡る徒歩ツアーに参加してみる。(普段は有料で開催、今日は無料!) Superquadraとは、飛行機型をしたブラジリアの左右の翼にあたるエリアに広がる巨大アパート群で、ブラジリア都市計画の主な特徴の一つといえる。

南の翼に広がるアパート群がSuperquadra Sul(SQS)、北はSuperquadra Norte(SQN)という住所となり、さらに一定の区画ごとに番号がつけられている。東と西でも数字の割り当てに決まりがあるので、この巨大アパート群に住む人であれば、住所を聞けば、だいたいどのあたりに住んでいるかがわかってしまう。

さて、参加した徒歩ツアーのルートは、このSuperquadra内のうち、ブラジリア建設時に最初に作られたあたり。SQS108区画は、ブラジリア建設当初にできた最初のSuperquadra。区画入口の看板には、
「オスカーニーマイヤーのプロジェクト。ブラジリアはここから始まった」とある。
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そのすぐ西側に位置するSQS308区画は、
「ブラジリアのモデル区画」と銘打たれている。
モデル区画だけに、区画内には曲線が多いデザイン性の強い広場がいくつもあったり、建設当初からある幼稚園があったりする。DSC_0050 -2

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なんでも、55年前の遷都時、ブラジリアに転居することを嫌がるリオ在住の公務員が多い中で、この区画には、多くのブラジル銀行の行員が2倍の給料を支給されて移り住んだという。
美しいビーチのあるリオをこよなく愛するカリオカ(リオ出身者)が、当時、海もなければ歴史もないこんな奥地に住みたくない、と叫んだのもわかる気がする。
2014.11.23 Sun
アマゾン川で釣り経験1回。その時は1匹も釣れず。時期が悪いこともあって、釣りのベテランも収穫は小さいバーグリ(ナマズの一種)数匹だけだった。

そんな釣り超初心者に、もう一度チャンスが到来する。
ブラジリアから片道3時間、ゴイアス州のFlores de Goiásへ。知り合いの方の農場は境界が見えないほど広大な土地が広がるが、家屋の周りの限られた範囲で鶏、ホロホロ鳥、豚などを飼っている。鶏の卵をとったり、豚を追いかけたり、庭のマンゴを積んだり、鳥の巣を覗いたり・・・・すっかりファームステイ体験。
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この農場で暮らすブラジル人一家の子供はまだ10歳程度だけど、動物の扱いも釣りの要領もよくわかっている。同じブラジル人でも、都会の子よりよっぽど逞しいんだろうな。


そして、川からひいた湖に浮かぶボートに乗って、トゥクナレ釣りへ!
ここでも釣りのベテランもなかなか釣れないでいたけれど、2時間程経って突然トゥクナレの群れに遭遇する。釣りあげた時というより、釣り糸に引っかかった時の感動が大きい。今回の成果!!(私は一匹)
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2014.11.12 Wed
飛行機型をしているブラジリアの中心。
胴体部分を走るEixo munumentalと翼部分を走るEixoの交差地点。Eixoが地下トンネルとなっている。
首都ブラジリアがブラジルの中心ということだとすると、ここがブラジルの中心の中心かな。

ちなみに、このトンネルは、通称 Buraco do Tatu(アルマジロの巣穴)と呼ばれている。
どんなに都会でも、あだ名がブラジルらしい。
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2014.11.10 Mon
ブラジリアのプラーノ・ピロット(飛行機型の地区)は胴体部分と翼部分の中央にはそれぞれ大通りが通っている。

そのうち、南北に広がる翼部分を走る道(Eixo)がすごい。
片側3車線、計6車線の制限速度80km/h通りの両側に、それぞれ片側2車線の60km/h通りが走る。つまり、合計14車線が、分岐帯も含めると横幅160mに走っている。その長さは、南北約13km。道幅が広くて有名なパリのシャンゼリゼ通りが片側5車線の計10車線に広い歩道を含めて、横幅70mというのだから、ブラジリアの道のすごさがわかる。さらに・・・驚くことは、胴体との交差地点に数か所の信号があるけれど、それ以外は高架道路のため、全て合流・分岐車線によって交通が成り立っていること。

そして、この14車線の両側には、アパート住宅地=巨大団地が広がっている。巨大団地は、地上6階(日本の7階)建てエリアと4階(日本の5階)建てエリアが規則に従って配置されていて、住所はNかS(北か南か)と数字で構成されるので、聞けばそこがどこら辺かすぐにわかる仕組みとなっている。

我が家から見えるEixo通り。
住宅エリアとつなぐ合流・分岐道路が斜めに走り、高架の下には両サイドの住宅地をつなぐ道路が垂直に走っている。つまり、この角度からだと20車線ぐらいが一度に見えて、何か所もの合流や分岐があるものの、信号は一台も存在しない。ここらへんの細部の設計は、ニーマイヤーさんかコスタさんか知らないけれど、考えた人頭がいい・・・。

この道路設計がブラジリアに暮らして一番衝撃だったことかもしれない。いろんな意味で世界遺産。
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