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-生活と文化をメモる こころのブログ-
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2015.09.19 Sat
ブラジルは、人も道も店も食べ物もなんでも一回り大きい。日本に一時帰国すると、ミニチュアワールドまではいかないけれど、すべてがコンパクトに見えたりする。

そんなブラジルで、今日は特に巨大な野菜を発見。
ブラジルで一般的な少し水っぽくてさっぱりしたタイプのカボチャ。普通サイズは30cm程度のところ、1.5m以上ありそう。通常、野菜は量り売りだけれど、マジックペンで「35」と書いてある。35レアル(≒1050円)ということかな?
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ちなみに、左隣りは、日本で主流のカボチャ。ブラジルでも、「Abobora japonesa」と呼ばれている。巨大カボチャの隣で小さく見えるけれど、日本のカボチャと比べるとかなり大きい。さらに、手前の巨大カボチャ並みに成長したら・・・シンデレラの馬車になるかな、と。
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2015.04.21 Tue
今日、2015年4月21日はブラジリア遷都55年記念日。

来月あたりまで、ブラジリアのあちこちで記念イベントが行われている。
昨日と今日は、ブラジル銀行の文化施設CCBBと地元新聞社Correio Braziliense主催で、展示会、ワークショップ、出版記念会、映画などいろいろな催し物が開かれている。
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ブラジリア建設初期につくられ、今も続く映画館「CINE BRASÍLIA」の裏では、最近、ブラジルでも俄かに人気のフードトラックが集合。ポンジケーキョやホットドックなどの軽食から、手作りビール、フレッシュジュース、アイスクリームなど。普段は、Parque da Cidadeに週末だけ出店したり、注文ベースで出張したりするらしい。この街では、数少ない休日の楽しみ方の一つ。
荒野だったこの地も、今は55年なりの人々の暮らしがあって、文化ができて、小さな小さな歴史が育っている。
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無料のサイクリングツアーとか。
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おめでとう。ブラジリア!
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2014.12.21 Sun
日曜日の昼下がり。
東京の繁華街であれば最も賑わうカフェタイムでも、ブラジルでは空いているお店を探すのが困難な時間帯。ショッピングセンターに駆け込むのも味気ないし・・・というわけで、シャッター街と化した商店地区で珍しく開店しているカフェに入ってみる。

カフェでは、決して自分で作らない(作れない)デザートを注文するのが鉄則。
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お店は、楽しそうにおしゃべりする家族や友達グループで満席。
日曜午後、実は外に出たいブラジル人多いのでは?
2014.12.03 Wed
ブラジリア大学の校舎にあるホールでなにやら異国のイベントが・・・。
その国の風景写真や絵画、陶器、その他工芸品が飾ってある。

どこかで見覚えがある景色と思ったら、イランのイベントでこれまた珍しい。
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青が美しい。イランの青といえば、イスファハーンの寺院が忘れられない。
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観光学在学の4年生数人グループが企画したイベントで、イラン大使館の協力を得て実現したという。午前中にはイランの伝統食が振る舞われ、大使館関係者、学生の研究発表が続き、夕方にはイラン映画が企画されたという。ブラジリアで思いがけずイランへ小旅行した気分!
2014.11.02 Sun
50数年前にできた計画都市ブラジリアには文化がない、という印象が強く、実際に、ブラジル沿岸都市にあるような歴史地区や伝統食があるわけもなく、例えば老舗レストラン、といっても、創業30年程度だったりする。

とはいっても、さすが首都で、さすがブラジルの中心に位置する土地柄で、北部、北東部、南部の文化があちこちに流れ込んでいる、と感じることがある。
北部のベレンには決してなかった南部系の店があって、南部に本社・工場がある台所用品のほか、マテ茶やシマハォン(マテ茶を飲む容器)が店内で売られていることに驚いた。そういえば、大学の先生にもガウーショ(南部出身者)がいて、マテ茶を飲みながら講義している姿をみてたまげた。

ちなみに、ベレンで思い出す南部ネタといえば、マラジョー島のど真ん中で、開拓精神旺盛なガウーショが稲作を大々的にしているという話。背の高い金髪・白人(日焼けしているだろうが・・・)が、あのマラジョー島でお米を作っているとは・・・。

写真は、ブラジリア内に何店舗も展開している南部リオ・グランデ・ド・スル州で食べられる伝統的なサンドウィッチ店。今度、食べにいってみよっと!
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2014.10.23 Thu
Ceilândiaは、ブラジリアのプラーノ・ピロット(飛行機型の地区)から真西に位置する大きな衛星都市。セントロから延びる地下鉄のCeilândia行きに乗ると、終点がCeilândia駅で、その直前3駅を含む計4駅はCeilândia市内に停まる。

今日は大学のクラスメイトのフィールドワークに同行。というより、彼女の研究エリアを案内してくれる、ということで、みんなでレッツゴー。

知る人ぞ知る(?)有名なCeilândiaの中央市場。
正式には今から約30年前の1984年創設といわれるが、実は70年代に周辺3か所に点在していたフェイラ(市場)がまとまって、固定の「中央市場」として生まれ変わり、今に続くという。
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現在は、463の屋台があるという。軽食屋台のほか、肉、魚、野菜、フルーツ、チーズ、お菓子、タバコ、香辛料・・・バック、靴まで本当にありとあらゆるものがある。

このフェイラが有名なのは、タピオカやモコトスープ、クスクスなどのノルデスチの郷土食。食事以外も市場全体がノルデスチ文化圏を成しているという人もいる。多くの屋台主がノルデスチ出身で、同郷の仲間や親戚が集まって働いていることも多いからだ。

ブラジリアは今から約50数年前、ただの平原から建設が始まり、当時貧しいノルデスチやノルチから多くの労働者がアテもなく流れ込んだという歴史がある。電気も通じていない乾燥のひどい田舎からやってきたノルデスチーノ(ノルデスチ出身者)は今でいうブラジリアの衛星都市に住み始めた。

このフェイラの屋台を購入し仕事が軌道にのった成功者の多くは、後に故郷の兄弟や親戚を呼び寄せている。これまで数々の苦労を経て、今では近くに一軒家をもち、何人もの子供を独立されたという店主が多い。思い切った移住だったと思うが、新天地ではフェイラと共に生きて、フェイラの中で同郷の仲間と幸せを共有しているという。
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Ceilândiaのもう一つの街のシンボル、貯水塔。1974年建設、約30Mの高さがある。
去年、この貯水塔は、街の建設をはじめた最初の記憶を象徴する建造物として、連邦区の歴史遺産に認定されている。
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その後、Ceilândia Sulにあるブラジリア大学(UnB)の別校舎を見学。なかなか濃いCeilândiaツアーでした。

参考:
http://www.df.gov.br/noticias/item/332-feira-de-ceil%C3%A2ndia-e-de-todos-os-nordestinos.html
http://g1.globo.com/distrito-federal/noticia/2013/11/caixa-dagua-de-ceilandia-e-tombada-como-patrimonio-historico-do-df.html
2014.09.06 Sat
知り合いになった方のお子さんの誕生日会・・・という名目の大人の集まり。
センスいいリビングに、本格的な機材を持ち込み生演奏する友達もいて、ノベーラ(ブラジルのドラマ)のワンシーンのようなひと時。大人はおしゃべりして食べて飲んで・・・そのうち立ち上がって踊る人、椅子で寝る人、議論をはじめる人などいろいろで本当に自由気ままだね。
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ブラジリアで初のフェイジョアーダ。
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ベレンの味、CERPA
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2014.07.18 Fri
3年3か月前にベレンに降り立ち、しばらく滞在した同じホテルで最後の朝を迎える。

その日は乗り継ぎのトラブルが続き、前代未聞の12時間遅れ、日本から50時間かかって深夜2時半頃に到着した。翌朝、窓から見えた景色が目の前に広がる。あの時に見えた景色が違ってみえる。知り合いは一人もいなくて、熱帯の暮らしのことも全くわかっていなかった自分。たくさんの方に出会い、たくさんのことを教えていただいたな、と同じはずの景色をみてしみじみ思う。
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サンパウロから移り住み、ブラジルの地方都市の暮らしに衝撃をうけた。食文化や音楽、伝統行事などが違うことは予習(!)していたけれど、生活習慣の違いは暮らしてみて実感したことが多い。アマゾンの高温多湿の環境では、これまでのような暮らしはできない。防カビ・防腐のために、乾物や調味料を冷蔵庫にいれたり、クローゼットには間隔を開けて物をいれる、高性能のカメラは除湿剤をいれた密閉容器に保管するなど、日々細かなテクニックが必要で、そういうネタは書き出すときりがない。日系社会の先輩婦人方には生活の知恵をたくさん教えていただき、ファリーニャで糠漬けをつくったりもした。

気候によって、人々の行動パターンが変わり、住環境や仕事習慣、人間関係までも変わる。土地で生まれる文化は、その土地の気候や立地、人種構成などたくさんの要因はあるにしても、必ず誕生の背景がある。そんな衝撃から地方都市の文化にさらに興味をもつようになって、ベレンにいる間に多くの方に協力してもらって、各地の幅広い文化を一冊の本にまとめることができた。日本とブラジルの雑誌にも度々記事を書くチャンスもいただいた。

その間にお箏を習ったり、いろんな取材に同行させてもらったり、マラジョー島に2回行ったり、ベロペーゾ市場に数えきれないほど通ったり・・・。

よく見れば、ベレンの街並みも少し変わったみたい!
長距離バス・ターミナルの外観が改装されている。
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この3年で明らかに高層マンションが増えた。
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何気ない街角の人々-いかにもベレンらしい風景。3年前は話しかけるのも勇気がいるような人たちだったけれど、今ではすっかり身近な人たちに見える。
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空港にはたくさんの方にお見送りに来ていただいた。暖かく迎えて下さった日系社会の皆さま、ブラジル人に感謝です。

さようなら、ベレン
また会う日まで!
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2014.06.28 Sat
こんな長身スリム女子はベレンで珍しいけど、これぞアマゾン美女でしょう!

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2014.06.28 Sat
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結果は、延長戦に続くPK戦の末、3-2でギリ勝ち。観客は勝敗が決まった瞬間、ほぼ全員が飛び跳ね、叫び、抱き合い、笑い・・・。PKで2本ブロックしたJulio Cesarの涙のヒーローインタビューが始まるが、そんな映像をじっくり見ている人はいない。まだまだ続く興奮の中、人々は歌い、踊り、喜び、仲間と写真を撮り、とにかくみんなみんな幸せ。

そして、歓喜のライブへ移行。
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開始前からスタンバイしていた彼ら。もし、負けていたら出番はあったのだろうか・・・。
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