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-生活と文化をメモる こころのブログ-
2013.08.24 Sat
サンタイザベル(ベレンから43km)に住む日本人ご夫婦に、立派な菊の農園を見せていただく。
アマゾン最大の菊栽培を手掛ける日系農家!
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菊は日本と同様、献花に多く使われ、一年で最も出荷されるのは、ブラジルのお盆、11月2日(Dia de finados、死者の日)の頃という。
現在、3週目の苗が並ぶ棟。その数、5,000鉢!
約2か月後のお盆の頃、立派な花を咲かせるという。
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一鉢一鉢、愛情を受けて育った菊。
熱帯気候でも強くたくましく育った菊の花が、一際きれい。
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今日のポ単語
菊=Crisântemo クリザンテモ
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2013.08.20 Tue
今回4回目のトメアス。
アカラー廻りの道が開通し、ベレン-トメアス間がずい分近くなった。2年前、初めて行ったときは、バスで5時間半かかったが、今回は車で3時間半で到着。

今回は、アグロフォレストリーの農場の取材が目的。
念願だった、アグロフォレストリーの伝道師とも農業の宣教師とも呼ばれる小長野道則さんと弟のコウジさんの農場に伺う。お二人はそれぞれ2歳、0歳の時に、家族と共に鹿児島から移住して、トメアスの変遷を身をもって経験され、農業については現在第一線で活躍されている。

これが、今、世界的に注目されているアグロフォレストリー。混植栽培の畑。
森のようにみえるが、これが畑!
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アサイーとカカオの組み合わせ。
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最近、日本でも報道されているように、アマゾン最大の日本人移住地であるトメアスは、1960年頃まで胡椒(ピメンタ)の単一栽培で栄えたが、その後、70年代初めにかけて胡椒に根腐れ病が広がり、壊滅的な被害を受けた。アグロフォレストりーは、その頃、トメアス総合農業協同組合 (CAMTA)でリーダーであった故坂口陞さんが、自給用の作物を混植する方法として始め、坂口さんを中心とする日本人の試行錯誤により、70~80年代に確立した手法。現在は、小長野さん以外も多くの日系農家が、この手法で複数の作物を同時栽培している。

胡椒とカカオの組み合わせ。
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アグロフォレストリーは、畑の年数にも応じて、短期作物と中間作物、高木樹をうまく組み合わせることで、作物に適した日蔭や自然の肥料を活用し、複数作物を同時に育て、年間を通じて安定した一定の収穫を得られる。手間がかかり利益率は単一栽培より低いが、天災や市場の変化によるリスクが避けられる。そして、切り開いたジャングルだった土地に「森」が再生する。さらに、この手法がトメアスを開拓した日系農家によって生まれたという感動のストーリーがある!


作物のベストな組み合わせは?
相性の悪い組み合わせは?
収穫方法は?

畑を廻りながら、そんな貴重な話、ここでしか聞けないことをたくさん伺う。

農業って本当に奥深い。難しい。そして、素晴らしい!
小長野さんファミリーにも感謝。
2013.08.20 Tue
トメアスニッケイ学校の裏に「移民の森」がある。
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森を歩くとしばらくしたところにこんな家が!

「南拓初期移民の家」
「南拓」とは、南米拓殖株式会社の略称で、移住をすすめる事業会社のこと。
同社は、1928年、パラー州政府から広大な土地を譲り受け事業を始め、翌年、アカラ(現、トメアス)に南拓第1回移住者として43家族、単身青年8人の計189人が入植したのがアマゾン移民の始まりとなる。

つまり、今から約80年前に日本からわたってきた、アマゾン移民初期の家族が住んでいた家だ。
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台所+ダイニングテーブル。
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リビング兼寝室といえるかな。
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お風呂
暑い気候でも、日本人ならやっぱりお湯(水)につかりたい。
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家屋の外に、厠(トイレ)と豚小屋。
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サンパウロの移民史料館にある移民小屋も立派だけれど、こうして本物の森の中に建つ古い家に入ると、一瞬にしてタイムスリップしてしまう。日本でも戦前、戦後直後、田舎ではこんな暮らしをしていた人々もいた。自然とともに暮らす、というのはこういうことなんだ、と思う。

トメアスの移住史を知るには、
現、CAMTA理事長フランシスコ 坂口さんの「トメアス日系コロニアの歴史」(日本ブラジル中央協会)がおすすめ。
2013.08.13 Tue
パラー州歌(Hino do Estado do Pará)があることを知る。
日本も国歌は誰もが知るけれど、都歌や県歌をきく機会はそうそうない。そもそもそんな歌が存在するのか??(・・と思って調べると、ちゃんと42都道府県存在していた!)

ブラジル国歌より短く、歌詞も断然わかりやすい。今から約100年前に生まれた歌らしい。
アマゾン色たっぷりの詩に、古き良きメロディー。
以下の音源、映像もなかなかよくておすすめ。

2013.08.13 Tue
昨年12月出版の『ブラジル・カルチャー図鑑』が、約8か月過ぎて、サンパウロで発売スタートしました!
 ⇒ 初版本のお知らせ


■ご注文・お問い合わせ
コジロー出版 TEL:(11)-3277-4121
 ※リベルダージ地区の書店「太陽堂」と「フォノマギ書店」、パウリスタ地区のスーパー「Made in Japan」でも販売しています。
価格 55レアル


2013.08.09 Fri
アラサ(Araça)が予想外に酸味のきついものだったから、こんなレモン色の果実こそ酸っぱいのでは・・・と思いきや、甘い、甘ーい。

しかも、甘さが特殊。
かき氷にかける、透明シロップに極めて近い味。
冷たくして食べると、コンビニの老舗商品「みぞれ しろ」を思い出す。

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こんなに甘くてさっぱりしていて、酸味が全くない果物って珍しくないかな。
非常に好き!
2013.08.06 Tue
これまで何度も、ベレン-リスボン便が開通する、とか、ベレン-マイアミ便が復活するという話を耳にしていたけれど、今度のニュースはかつてなく具体的。ついに、ベレンから北米大陸への直行便が開通するか?

ニュース要約

 タム航空(TAM)は、民間航空庁(Anac)に、今年の12月15日からベレン-マイアミ便の直行便開通を申請した。Anacの報告によると、同便は、223人搭乗可能なエアバスA330 で運航予定。

Anacによってすべての承認が下りれば、運航スケジュールは以下の通りとなる。

毎週 木曜日・日曜日
TAM8060便 Belém発 15h15 - Miami着 21h30
TAM8061便 Miami発 7h20  - Belém着 13h20


ちなみに、ベレンのVal-de-Cans空港は国際空港。隣国の仏領ギアナのカイエンヌとスリナムのパラマリーボに直行便(スリナムエア)が飛ぶ、ブラジル一、マニアックな国際空港かな、と。

去年までは、エアカリブが、カイエンンヌやカリブ海に浮かぶマルチニークなどにとまりながら、なんとパリに到着する便を飛ばしていたが、廃線になってしまった。150年ほど前、アマゾンのパリとも呼ばれたベレンから、フランス領のカリブの島々を渡り、パリに飛ぶとは・・・なんてロマンチック。一度乗りたかったな。

出所:Melhores Destinos 05/08/2013
2013.08.04 Sun
タンバキー、アラクー。
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ピラルクー。動物の肉のよう。
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クジューバ。生きた化石のよう。
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スルビン。模様がアート。
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天然の河イルカショウに遭遇したり!
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ベレンでは見かけない(?)料理、エスカベッシェを堪能したり!
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あまりにも豊富な魚と広くて大きな川。
川にたくさんの魚が暮らしているように、その近くにたまたま人間も住んでいる、という感覚。
2013.08.03 Sat
ベルテーハの中心地から車で約20分ほどのところにある、ピンドバウビーチ。
Alter do chão は世界一美しいビーチと言われるが、ここも負けず劣らず。このビーチこそ、地元の人ばかり集まる秘境ビーチだろう。
別世界-。
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この美しい河岸線。
実は、今から約60年前、ベルテーハ移民が到着した地がこのビーチ。アマゾン川を何日もかけて登り、この砂地に降り立って、たくさんの日本人家族はベルテーハへ向かった。
2013.08.03 Sat
サンタレンから約30kmの日系移住地、ベルテーハ。
地図⇒ https://maps.google.co.jp/maps?q=belterra+para+brasil&bav=on.2,or.r_qf.&bvm=bv.53760139,d.eWU&biw=1067&bih=561&dpr=1&pdl=300&um=1&ie=UTF-8&hl=ja&sa=N&tab=wl

ベレンやトメアスで、最初の入植はベルテーハだったという方に数人お会いしたことがある。当時としては整備された環境のいい土地で、できれば離れたくなかった、という声も聞いたことがある。ただ、アマゾン奥地というイメージだったため、まさか来ることになるとは思わず、感動。
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白い壁に緑で縁どりされた長屋風の家屋が規則正しく並ぶ。独特の風情を持つ街並みは、どうもブラジルらしくない。それもそのはず、この町は1920年代にアメリカの自動車メーカー、フォードがタイヤの原料生産のために開拓した土地だからだ。約20年後、ブラジル政府に引き渡され、移住地として1950年代半ばから日本人も受け入れるようになったが、わずか半年でブラジル人の雇用圧迫などの理由から退去を余儀なくされたという前代未聞の移住地。日本人家族は、数回にわたり、107家族入植したという。
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大草原の小さな家にでてくるような?アメリカの田舎を感じさせる家屋。
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ベルテーハ市庁舎 2行目は「ゴム宮殿」の文字。
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今でも所々にゴム林が残っていて、試しに厚い樹皮を石でひっかいてみると、白い液が垂れてきた。
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今から60年近く前、日本の田舎からたくさんの日本人家族がこの地を踏んだ。今は全く日本人はいないというが、立派なゴム園はあちこちに残っている。
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